キーイングでブルーバックとグリーンバックがあります。なぜこの色なのか、またこの2つの違いは何かという話になったときによく「グリーンは人の肌の補色」で「日本人は肌が黄色いからブルーのほうがいい」と真しやかに言われますが、これは都市伝説だと私は思ってます。実際に専門家からそういう説明のされ方をしたこともあるのかもしれませんが、それは素人に分かりやすく納得させるための方便とそれを真に受けた人による伝播だったんじゃないかな...と思ってます。
そもそも白人だからグリーン、黄色人種だからブルーと言いますが、日本ならいざしらずアメリカでは各人種入り乱れてますし、それら人種への差別配慮の問題からも特定の人種だけが出演するというのは最近では稀です。第一役者さんは大抵衣装をつけていて全裸じゃありませんし、髪の毛のことも考慮すれば肌が直接グリーンバックと接する場所は限られています。ついでに言えば肌みたいにつるんとしたものは別にキーヤーだけで抜ききれなくてもなんとかなるし。
そんなわけで技術的な理由でブルーまたはグリーンが選択されている根拠を書いてみようと思います。
実はフィルムに関しては多少知識があったのですが、CCD/CMOSセンサーは現在進行形で猛烈に開発が進められている分野で、この記事も調べながら書いてます。調べだすと奥が深いのですが、この記事ではそんなに奥にはいかないつもり...
ブルーバック
まずブルーバックから。ブルーというのは光の中でも色温度が高くフィルム上でも非常に感光しやすい色です。ブルーバックはモノクロ映画のころからオプティカル合成として使用されていますが、古いモノクロフィルムの場合は特に青に対しての感度が高くなっています。暗室で赤い(色温度の低い)ライトを使用するのはよく知られてますし、モノクロフィルムで風景を撮影する際には青空が露出オーバーで真っ白になってしまうために赤いフィルターを使用するということもあります。モノクロ時代のオプティカル合成では感光しやすい青に露出を合わせてその他の部分をアンダー気味に撮影し、それをもとにリスマスクを作成していました。カラーフィルムになってもこの特性は引き継がれますが、加えてカラーフィルムの構造による理由も出て来ます。カラーフィルムの構造はまず青の感光乳剤、緑の感光乳剤、赤の感光乳剤、そしてフィルム自体の支持素材という順で層になっています。特定の光を除外するフィルター層を持つ場合もあります。
当然ながら層の下にいくほど光量は落ちてしまうので、高感度の感光乳剤が必要になり粒子も荒れてしまいます。青はまず最初に感光するために、他の波長を除外するためのフィルターや緑や赤の感光粒子ごしの光ではなく一番鮮明な状態でかつ低感度なので粒子も細かくなります。それ故にフィルムでは青が一番ディテールを保持しているということになります。
ちなみに感光材の層がこの順番なのは、実は上記の概念図のようなはっきりとRGB各色に反応する乳剤というものは存在せず、「青のみ」「青〜緑のみ」「青〜赤まで全部」という乳剤を層にし、上の層の乳剤(あるいはフィルター層)で余分な波長の光をフィルターすることで分光記録しているためです。
必然的に青の乳剤層が一番上にくることになり、解像度の点で一番有利となるわけです。人の肌の色とかじゃなくて、おそらくアナログのオプティカル合成においてはこれが一番の理由だったはずです。(宇宙船なんかの模型だってブルーバックなんですから...)
...とここまで説明すると、フィルムの構造上必然的にブルーバックになったという理由がわかると思うのですが、実際にこれを素朴な疑問として素人の人から尋ねられたら説明するのが億劫ですよね...そりゃ「人の肌の補色なんだよ」と言ってしまいたくなる気持ちもわかります。
グリーンバック
次にグリーンバックについて。ビデオカメラやデジタルシネマカメラ、フィルムスキャナーにはCCD/CMOSセンサーが用いられます。人の目が緑に対してのみ非常に敏感に反応する(肉眼の分光感度)ためビデオやデジタルカメラなどの画像素子では常に緑に比重がおかれています。例えば3CCDのカメラでもプリズムで多く屈折させるのは赤と青で、緑は極力屈折回数を減らすように工夫されていますし、中には緑のセンサーだけ画素をずらしたものを追加し解像度を上げているものもあります。CCD/CMOSセンサーのベイヤーパターン(もともとはフィルム用にコダックが開発してたもの、特許切れでデジカメで大ブレイク)も緑だけが他の倍の面積を有しています。4:2:2や4:2:0の圧縮も緑に関しては非圧縮と同等(に近い)の解像度が得られるように工夫されています。
実際にはデジタルカメラのセンサーには、このベイヤーパターンに加えてローパスフィルタというものがあり、4画素以上を混色してたりするのですが(つまり画素数よりも実際の解像度は低くなる)、このときも緑のだけは混色する画素の数が少ないので、やっぱり解像度的に緑が優位みたいです。知識不足で詳しく書けませんが...
あと、FaveonというメーカーのCMOSセンサー(SIGMAのデジタルカメラに採用されている)は、ベイヤーパターンでなくフィルムと同じようにBGRの積層型の構造を持っているとのこと。このセンサーを用いた場合どうなるのか興味深いですが、そこまで調べてません。SIGMAのデジタルカメラはムービーに力を入れていないようですし記録時に4:2:2や4:2:0の圧縮がかかればセンサーの優位性はほとんど失われそうです。デジタルシネマカメラなんかで採用されれば面白そうなんですが、現状では採用されてないみたいです。
ちなみに下の画像はGH2のセンサースルーのHDMI出力をキャプチャしたもの(4:2:0を非圧縮で記録 - 量子化はされてません)。なんかGの綺麗さ云々以前にBの酷さが目立ちますが...
どちらを使うのがいいのか...
以上のことを考慮すれば、まず4:2:2や4:2:0の圧縮のかかるデジタルビデオカメラまたはデジタル一眼などでの撮影時にはグリーンバック以外の選択肢はないと思っていいとかと...特にデジタル一眼の4:2:0 8bitのMPEG4はキーイングに不向きなので(というか加工全般不向きなんですが)、肌の色関係なくグリーンバックにしないと(Bチャンネルは)使い物になりません。もし10bit、12bitで4:4:4のRGB記録が可能であればブルーバックの選択肢もあります。特に屋外の晴天ではグリーンだと輝度が高くなりすぎたりするので、その場合にはブルーバックという選択肢もあり得ます。ただ先に描いたようにデジタル(というか電気的なセンサー)での記録はセンサーが緑を優先する設計になっているので、厳密には緑の方が有利かもしれません。もし解像度的に余裕も持って撮影できるなら(例えば1080pの最終フォーマットに対して4Kで記録とか)、この緑の優位性は低くなります。
フィルムの場合はちょっと選択肢が複雑になります。もしフィルムの解像度が低く、スキャナーが高性能であり解像度も高めにスキャンできるのであれば(16mm撮影で4K 16bitスキャンして最終的にはHDフォーマットで納品...とか)、フィルムの特性を優先してブルーバックがいいでしょう。もしフィルムの性能がスキャナよりも高い場合または同等の場合はスキャナの特性を優先してグリーンバックとなるかと思います。フィルムも高解像度でスキャナも高性能ならどっちでもいいかと。ただ35mm4Kスキャンくらいだとグリーンの方が有利になる傾向にあるようです...体験的に。
日本ではブルーバックがビデオ全盛になっても使われ続けていたのは、技術的な側面よりも「人の肌の補色、日本人にはブルーの方がいい」という定説を信じて、技術的な部分の理解を後回しにしていたためかもしれません。私もHDVでブルーバックとか食らって苦労した経験ありますし...
拙い知識と文章で書いてみたわけですが、なぜ合成にブルーバックが使われ、最近はグリーンバックが多くなってるのか...という答えになりましたでしょうか。やっぱ説明しだすと面倒くさいので、これから人に訊かれたら、やっぱり「人の肌の補色なんだよ」って答えちゃうかもしれません。
[関連記事]
Kodak vs Technicolor...
合成時のアナモルフィックレンズの効果について
DPX 10bitは重いのか?
Jeff Foster
Sybex
Sybex